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2023年09月30日

村上春樹氏のエルサレム賞時の2009年受賞スピーチ「壁と卵」 No.1,343

おかげ様です。
不動産コンサルティングマスターの村上哲也です。

今日は不動産の話はゼロです。
まったくもって丸パクリのコピペです。ごめんなさい。
理由という理由は無いのですが、たまたまちょっと思いだす機会がありまして、
この場を備忘録の場とさせていただきました。
自宅にある同氏の文庫本にも確か掲載はされていたと記憶しておりますが。

同氏は、なにかのエッセイのなかで、
「小説というのは、よかったとかそうじゃなかったとかではなくて、
読み終えたあとで、その人の体の中を、何かが通過した感覚が残れば、それはいい小説だ」

というような主旨を書いていたのを読んだことがあります。

このスピーチの内容を久しぶりに、おそらく10数年ぶりぐらいに再読したのですが、
上記のような小さい現象が起きたような気がします。
なんというか、ちっぽけかもしれないけれど力強い勇気みたいな何かかもしれません。
どうぞ、ご一読を。

「私は一人の小説家として、ここエルサレム市にやって参りました。言い換えるなら、上手な嘘をつくことを職業とするものとして、ということであります。
もちろん嘘をつくのは小説家ばかりではありません。ご存知のように政治家もしばしば嘘をつきます。外交官も軍人も嘘をつきます。中古自動車のセールスマンも肉屋も建築業者も嘘をつきます。しかし小説家のつく嘘が、彼らのつく嘘と違う点は、嘘をつくことが道義的に非難されないところにあります。むしろ巧妙な大きな嘘をつけばつくほど、小説家は人々から賛辞を送られ、高い評価を受けることになります。なぜか?

小説家はうまい嘘をつくことによって、本当のように見える虚構を創り出すことによって、真実を別の場所に引っ張り出し、その姿に別の光をあてることができるからです。真実をそのままのかたちで捉え、正確に描写することは多くの場合ほとんど不可能です。だからこそ我々は、真実をおびき出して虚構の場所に移動させ、虚構のかたちに置き換えることによって、真実の尻尾をつかまえようとするのです。しかしそのためにはまず真実のありかを、自らの中に明確にしておかなくてはなりません。それがうまい嘘をつくための大事な資格になります。

しかし本日、私は嘘をつく予定はありません。できるだけ正直になろうと努めます。私にも年に数日は嘘をつかない日がありますし、今日はたまたまその一日にあたります。
正直に申し上げましょう。私はイスラエルに来て、このエルサレム賞を受けることについて、「受賞を断った方が良い」という忠告を少なからざる人々から受け取りました。もし来るなら本の不買運動を始めるという警告もありました。その理由はもちろん、このたびのガザ地区における激しい戦闘にあります。これまでに千人を超える人々が封鎖された都市の中で命を落としました。国連の発表によれば、その多くが子供や老人といった非武装の市民です。

私自身、受賞の知らせを受けて以来、何度も自らに問いかけました。この時期にイスラエルを訪れ、文学賞を受け取ることが果たして妥当なのかと。それは紛争の一方の当事者である、圧倒的に優位な軍事力を保持し、それを積極的に行使する国家を支持し、その方針を是認するという印象を人々に与えるのではないかと。それはもちろん私の好むところではありません。私はどのような戦争をも認めないし、どのような国家をも支持しません。またもちろん、私の本が書店でボイコットされるのも、あえて求めるところではありません。

しかし熟考したのちに、ここに来ることを私はあらためて決意いたしました。そのひとつの理由は、あまりに多くの人が「行くのはよした方がいい」と忠告してくれたからです。小説家の多くがそうであるように、私は一種の「へそ曲がり」であるのかもしれません。「そこに行くな」「それをやるな」と言われると、とくにそのように警告されると、行ってみたり、やってみたくなるのが小説家というもののネイチャーなのです。なぜなら小説家というものは、どれほどの逆風が吹いたとしても、自分の目で実際に見た物事や、自分の手で実際に触った物事しか心からは信用できない種族だからです。
だからこそ私はここにいます。来ないことよりは、来ることを選んだのです。何も見ないよりは、何かを見ることを選んだのです。何も言わずにいるよりは、皆さんに話しかけることを選んだのです。


ひとつだけメッセージを言わせて下さい。個人的なメッセージです。これは私が小説を書くときに、常に頭の中に留めていることです。紙に書いて壁に貼ってあるわけではありません。しかし頭の壁にそれは刻み込まれています。こういうことです。


もしここに硬い大きな壁があり、そこにぶつかって割れる卵があったとしたら、私は常に卵の側に立ちます。

そう、どれほど壁が正しく、卵が間違っていたとしても、それでもなお私は卵の側に立ちます。正しい正しくないは、ほかの誰かが決定することです。あるいは時間や歴史が決定することです。もし小説家がいかなる理由があれ、壁の側に立って作品を書いたとしたら、いったいその作家にどれほどの値打ちがあるでしょう?
さて、このメタファーはいったい何を意味するのか?ある場合には単純明快です。爆撃機や戦車やロケット弾や白燐弾や機関銃は、硬く大きな壁です。それらに潰され、焼かれ、貫かれる非武装市民は卵です。それがこのメタファーのひとつの意味です。

しかしそれだけではありません。そこにはより深い意味もあります。こう考えてみて下さい。我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにひとつの卵なのだと。かけがえのないひとつの魂と、それをくるむ脆い殻を持った卵なのだと。私もそうだし、あなた方もそうです。そして我々はみんな多かれ少なかれ、それぞれにとっての硬い大きな壁に直面しているのです。その壁は名前を持っています。それは「システム」と呼ばれています。そのシステムは本来は我々を護るべきはずのものです。しかしあるときにはそれが独り立ちして我々を殺し、我々に人を殺させるのです。冷たく、効率よく、そしてシステマティックに。


私が小説を書く理由は、煎じ詰めればただひとつです。個人の魂の尊厳を浮かび上がらせ、そこに光を当てるためです。我々の魂がシステムに絡め取られ、貶められることのないように、常にそこに光を当て、警鐘を鳴らす、それこそが物語の役目です。私はそう信じています。生と死の物語を書き、愛の物語を書き、人を泣かせ、人を怯えさせ、人を笑わせることによって、個々の魂のかけがえのなさを明らかにしようと試み続けること、それが小説家の仕事です。そのために我々は日々真剣に虚構を作り続けるのです。


私の父は昨年の夏に九十歳で亡くなりました。彼は引退した教師であり、パートタイムの仏教の僧侶でもありました。大学院在学中に徴兵され、中国大陸の戦闘に参加しました。私が子供の頃、彼は毎朝、朝食をとるまえに、仏壇に向かって長く深い祈りを捧げておりました。一度父に訊いたことがあります。何のために祈っているのかと。「戦地で死んでいった人々のためだ」と彼は答えました。
味方と敵の区別なく、そこで命を落とした人々のために祈っているのだと。父が祈っている姿を後ろから見ていると、そこには常に死の影が漂っているように、私には感じられました。
父は亡くなり、その記憶も - それがどんな記憶であったのか私にはわからないままに - 消えてしまいました。しかしそこにあった死の気配は、まだ私の記憶の中に残っています。それは私が父から引き継いだ数少ない、しかし大事なものごとのひとつです。

私がここで皆さんに伝えたいことはひとつです。国籍や人種や宗教を超えて、我々はみんな一人一人の人間です。システムという強固な壁を前にした、ひとつひとつの卵です。我々にはとても勝ち目はないように見えます。壁はあまりにも高く硬く、そして冷ややかです。もし我々に勝ち目のようなものがあるとしたら、それは我々が自らのそしてお互いの魂のかけがえのなさを信じ、その温かみを寄せ合わせることから生まれてくるものでしかありません。
考えてみてください。我々の一人一人には手に取ることのできる、生きた魂があります。システムにはそれはありません。システムに我々を利用させてはなりません。システムが我々を作ったのではありません。我々がシステムを作ったのです。
私が皆さんに申し上げたいのはそれだけです。

エルサレム賞をいただき、感謝しています。私の本を読んで下さる人々が、世界の多くの場所にいることに感謝します。イスラエルの読者のみなさんにお礼を言いたいと思います。なによりもあなたがたの力によって、私はここにいるのです。私たちが何かを - とても意味のある何かを共有することができたらと思います。ここに来て、皆さんにお話できたことを嬉しく思います。」



ご一読、お疲れ様でした。
何かが通過して残響があれば幸いです。



写真は、もう何年も前の、いつかの夜の写真です。
安いウィスキーと、ピーナッツと、ねじまき鳥クロニクルです。
酔ってすぐに寝てしまったような記憶が・・・。



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